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雲海

私が日本でまだ大学の試験を受けている頃
先にツアー入りした友達たちは
上海のおばさんと仲良くなっていた。
(さすがだ。。)

そのおばさんは、みんなが道に迷っていたら
「ノド、かわいてないか??」と家に招いてくれたそうだ。

ちなみに、こちら側の誰も中国語は話せない。
おばさんもまた日本語が話せない。英語もだめ。
なのに、すっかり仲良しになっていた。







私もみんなと一緒におばさんの家に遊びにいった。

上海の夏は、それはそれは暑い。
高い湿度とアスファルトで熱された重たい空気
強い日差し。。逃げ場なし!
ジーンズが足にはりっついて、熱をこもらせる。

汗だくのみんなを見かねたおばさん。
ムームーのような服をだし
私たちに着替えるよう指示。
その場でみんなでお着替えする。小学生のよう。。

ムームー







筆談 私達は、筆談や身振り手振りで会話した。

今日は"今天"。
私の名前を中国読みすると"マーチー"。

そういった色々を、一つ一つ時間をかけて
伝え合う。








おばさんとお孫さん。

テレビに映っている人が、DJ赤坂に似てて気になった。

おばさんとマゴ。






おじさん ある日おばさんの家に遊びに行くと、
中和辞書があった。
おばさんの旦那さんが買ってくれたそうだ。

ふたりともニコニコして辞書をみせてくれる。
それまで日本に興味なんてなかった人達
なのに。。

辞書があって、前より具体的な情報をやりとり
できるようになった。

でも、言葉がもっと通じなかったときでも
私たちは、おばさんがどんな人か
分かっていたと思う。








おばさんが出してくれた料理はどれも本当においしかった。

もう苦しいと言っても「いやいやまだまだ」
もりっと盛られる。
ごはん






   
おばさん おばさんは、私たちが行きたがった場所に
連れて行ってくれた。
入園料まで払ってくれた。

おばさんは団地住まいで
「お金持ち」という感じではないと思う。
でも払うといってきかなかった。

今思えば。
「あそこに行きたい」と言ったとき、おばさんは
ちょっと考えた顔をした。
そこに行くコストもよぎったのだろうなあ、と思う。

私たちは自分で払うつもりだったから
びっくりしたし申し訳なかった。
でもその気持ちは嬉しかった。








私たちは、おばさん夫婦の年間所得くらいの額
をもって 旅行する。

おばさんは、日本に行くにはお金もかかるし
保証人が必要だから無理だと言っていた。
 
娘さんお孫ちゃん。